山へは帰りたい。久しぶりに、母にも逢いたいものなり。英子さんの旦那さんより十円かりる。岡山まで行きさえすれば、帰りは何とかなるだろう。昼、西片町に荷物を取りに行く。メダカ女史が荷物と、五十銭玉六つくれる。この本は、貴女のではないでしょうと云って、伊勢物語を出して来る。はい、私のですと云うと、いいえ、これはうちの本ですと云う。何だかシャクゼンとしないので、これは、私が夜店で買ったのだからと、台所にいつまでも立っていた。メダカ女史しらべて来ると云って引っこんでいったけれど、暫《しばら》くして黙って、「勉強家ね」と云って持って来る。本と云うものは女中風情の読むものではないと思っていたのに違いない。ありましたかと尋ねると、メダカ女史は返事もしない。ああやれやれだ。昔男ありけりだ。大した事でもない。
夜、英子さんと、英子さんの子供と三人で東京駅へ行く。汽車へ乗る事も久しぶりだけれども、何となく東京へなごりおしい気持ちなり。別れた人が急になつかしくなって来る。八十銭のボイルの浴衣がお母さんへの土産。
プラットホームはひっそりとして、洋食の匂いがしている。見送りの人もまばら。ホームを涼しい風が吹いている。流暢《りゅうちょう》な東京言葉にもお別れ。横浜を過ぎる頃から車内がひっそりして来る。山北の鮎《あゆ》寿司を英子さんが買う。半分ずつ食べる。英子さんの旦那さんは大工さんだが無類にいいひとなり。
何ものにもとらわれる事なく、何時までも汽車旅をつづけていたいようなのんびりさだ。汽車に乗って、岡山へ帰るなぞとは昨日まで考えつかなかった事だけに愉しくて仕方がない。さきの事はさきの事で、また、何とか、人生のおもむきは変ってゆくであろう。譜面台のない人生が未来にはある。私はそう思う。自分の運命なンか少しも判ってはいないけれども、運命の神様が何とかお考えになっているのには違いない。ぞっとするような事も度々だけれど、この汽車に乗れる幸福はまことに有難いことだ。東京へ再び来る事があったら十円は身を粉にしても返さなければならない。西片町はさよなら。
何事もおぼしめしのままなる人生だ。えらそうな事を考えてみたところで、運命には抗しがたい。昔男ありけりではないが、ああ、あんな事もあった、こんな事もあったと、暗い窓を見ていると、田園の灯がどんどん後へ消えてゆく。少しも眠れない。一つのささやかな遍歴の
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