のように鏡の前に立って体操をしてみる。ふっと、このまま馳《はし》って電車道まで歩いたらおかしいだろうなと思う。
裸で道中なるものか……何かの唄にあったけれども、誰も好きだと云ってくれなければ、私はその男のひとの前で、裸で泣いてみようかと思う……。
風呂のかえり、友谷さんと、団子坂の菊そばに寄る。ざるそばの海苔《のり》の香が素敵。空もからりとして好晴なり。庭の大輪の白い菊の花が、そうめんのように、白い紙の首輪の上に開いている。不具者のような大輪の菊の花なり。――湯上りにそばを食べるなぞとは幸福至極。「二人」は五百部ばかりで、十八円位で出来る由なり。八頁で、紙は素晴しくいいのを使ってくれるそうだ。私は銘仙の羽織を質におく事を考える。四五円は貸してくれるに違いない。
書く。ただそれだけ。捨身で書くのだ。西洋の詩人きどり[#「きどり」に傍点]ではいかものなり。きどり[#「きどり」に傍点]はおあずけ。食べたいときは食べたいと書き、惚《ほ》れている時は、惚れましたと書く。それでよいではございませんか。
空が美しいとか、皿がきれいだとか、「ああ」と云う感歎詞ばかりでごまかさない事だ。いまに私は本格的なダダイズムの詩を書きましょう。
帰りの坂道で五十里《いそり》幸太郎さんに遇《あ》う。この涼しいのに尻からげ。セルの着物に角帯。私は下宿にもどる気もしないので、動坂へ出て、千駄木町の方へ歩く。涼やかな往来を楽隊が行く。逢初《あいぞめ》から一高の方へ抜けてみる。帝大の銀杏《いちょう》が金色をしている。燕楽軒の横から曲ってみる。菊富士ホテルと云う所を探す。宇野浩二と云うひとが長らく泊っている由なり。小説家は詩人のようでないから一寸《ちょっと》怖ろしい。鬼のような事を云いだされてはこっちが怖い。そのくせ何となく逢ってみたい気もする。
小説を寝て書く人だそうだ。病人なのかな。寝て書くと云う事はむつかしい事だ。ホテルはすぐ判った。おっかなびっくりで這入《はい》って行くと、女中さんはきさくに案内してくれる。宇野さんは青っぽい蒲団の中に寝ていた。なるほど寝て書くひとに違いない。スペイン人のようにもみあげの長いひと。小説を書いている人は部屋のなかまで何となく満ちたりた感じだった。「話をするように書けばいいでしょう」と言った。仲々そうはいきませんねと心で私はこたえる。散らかった部屋。誰かがた
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