省線の音がする。匂いのいい花の香がただようている。私はいつもおなかが空いている。少しでも金があれば、私は尾道へかえってみたいのだ。
 私は多摩川にいる野村さんと一緒になろうかと思う。
 どうにも、独りではやりきれないのだ。
 誰も通らない星あかりの昏《くら》い通りを、墓地の方へ歩いてみる。怖《おそ》ろしい事物には、わざと突きすすんでふれてみたいような荒びた気持ちだ。おかしくなければ、私は尻からげになって、四つん這いになって石道を歩きたい位だ。狂人みたいだと云うのは、こんな気持ちをさして云うのであろう……。
 結局はいったい、自分は何を求めているのだろうと考えてみる。金がほしい。ほんのしばらくの落ちつき場所がほしい。
 知らない路地から路地を抜けて歩く。まだ起きて賑やかに話しあっている家もある。ひっそりと眠っている家もある。

(十月×日)
 団子坂の友谷静栄さんの下宿へ行く。「二人」と云う同人雑誌を出す話をする。十円の金の工面も出来ない身分で、雑誌を出す事は不安なのだけれども、友谷さんが何とかしてくれるのに違いない。豊かな暮しむきでいる人の生活は不思議とも何とも云いようがない。
 友谷さんに誘われて、二人で銭湯へ行く。二人の小さい裸体が朝の鏡に写っている。マイヨールの彫刻のような二人の姿が、二匹の猫がたわむれているようだ。何と云う事もなく、私は外国へ行きたくなった。バナナをいっぱい頭にのせたインド人のいる都でもいい。何処《どこ》か遠くへ行きたい。女の船乗りさんにはなれないものかな。外国船のナースみたいな職業と云うものはないかな。
 詩を書いていたところで、一生うだつがあがらないし、第一飢えて干乾《ひぼ》しになるより仕方がない。私が、栗島澄子ほどの美人であるならば、もっと倖《しあわ》せな生き方もあったであろう……。友谷さんもきれいな御婦人だ。このひとには全身に自信がみなぎっている。浅黒い肌ではあるけれども、その肌の色は野性の果物の匂いがしている。私の裸は金太郎そっくり。只、ぶくぶくと肥っている。お尻の大きいのは、下品なしょうこ[#「しょうこ」に傍点]だ。うまいものを食べている訳ではないけれど、よくふとってゆく。ぶくぶくによく肥る。
 友谷さんはかたねりの白粉《おしろい》を首筋につけている。浅黒い肌が雲のように淡く消えてゆく。久しく、白粉をつけた事がないので、私は男の子
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