さんの唄ではないが、たったかたのただろう。

(四月×日)
 水の流れのような、薄いショールを、街を歩く娘さん達がしている。一つあんなのを欲しいものだ。洋品店の四月の窓飾りは、金と銀と桜の花で目がくらむなり。

[#ここから2字下げ]
空に拡がった桜の枝に
うっすらと血の色が染まると
ほら枝の先から花色の糸がさがって
情熱のくじびき

食えなくてボードビルへ飛び込んで
裸で踊った踊り子があったとしても
それは桜の罪ではない。

ひとすじの情
ふたすじの義理
ランマンと咲いた青空の桜に
生きとし生ける
あらゆる女の
裸の唇を
するすると奇妙な糸がたぐって行きます。

貧しい娘さん達は
夜になると
果物のように唇を
大空へ投げるのですってさ

青空を色どる桃色桜は
こうしたカレンな女の
仕方のないくちづけ[#「くちづけ」に傍点]なのですよ
そっぽをむいた唇の跡なのですよ。
[#ここで字下げ終わり]

 ショールを買う金を貯《た》めることを考えたら、仲々大変なことなので割引の映画を見に行ってしまった。フイルムは鉄路の白バラ、少しも面白くなし。途中雨が降り出したので、小屋から飛び出して店に行った。お母さんは茣蓙《ござ》をまとめていた。いつものように、二人で荷物を背負って駅へ行くと、花見帰りの金魚のようなお嬢さんや、紳士達が、夜の駅にあふれて、あっちにもこっちにも藻《も》のようにただよい仲々|賑《にぎや》かだ。二人は人を押しわけて電車へ乗った。雨が土砂《どしゃ》降りだ。いい気味だ。もっと降れ、もっと降れ、花がみんな散ってしまうといい。暗い窓に頬をよせて外を見ていると、お母さんがしょんぼりと子供のようにフラフラして立っているのが硝子窓に写っている。
 電車の中まで意地悪がそろっているものだ。
 九州からの音信なし。

(四月×日)
 雨にあたって、お母さんが風邪を引いたので一人で夜店を出しに行く。本屋にはインキの新らしい本が沢山店頭に並んでいる。何とかして買いたいものだと思う。泥濘《ぬかるみ》にて道悪し、道玄坂はアンコを流したような鋪道だ。一日休むと、雨の続いた日が困るので、我慢して店を出すことにする。色のベタベタにじんでいるような街路には、私と護謨靴《ごむぐつ》屋さんの店きりだ。女達が私の顔を見てクスクス笑って通って行く。頬紅が沢山ついているのかしら、それとも髪がおかしいのか
前へ 次へ
全266ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング