下の画塾では、夜学もあるのか、カーテンの蔭《かげ》から、コンテを動かしている女の人の頭が見える。自分の好きな勉強の出来る人は羨《うらや》ましいものだ。同じ画描きでも私のは個性のないペンキ屋さんです。セルロイドの色塗りだってそうだったし……。明日は、いいお天気だったら、蒲団を干してこのだらしのない花園をセイケツにしましょう。

(三月×日)
 昨夜、夜更けまで内職をしたので、目が覚めたのが九時ごろだった。蒲団の裾にハガキが二通来ている。病気をして入院をしていると云う松田さんのと、来る×日、万世橋駅にお出向きを乞う、白いハンカチを持っていて下さると好都合ですと云った風な私宛のハガキだった。心当りが少しもないので、色々考えた末、不図、ベニの事を思いついた。パパにも知れないように、一人者の私の名を利用したのかも知れないと思う。手に白いハンカチを持っていて下されば好都合ですか……淫売にでも叩きうられるのが関の山かも知れない。かつて、本郷の街裏で見た、女アパッシュの群達の事が胸に浮んできた。ベニは粗野で、生《き》のままの女だから、あんな風な群に落ちればすさまじいものだと思う。
 今日は風強し。上野の桜は咲いたかしら……桜も何年と見ないけれど、早く若芽がグングン萌《も》えてくるといい。夕方ベニのパパが街から帰ってくる。
「林さん! 坊やはどこへ行きましたでしょうね。」
「さあ、何だか、今日は方々を歩くんだと云ってましたが……」
「しようがないな、寒いのに。」
「ベニちゃんは、もう学校を止したんですか、小父さん。」
 外套《がいとう》をぬぎぬぎ私のドアをあけたベニのパパは、ずるそうに笑いながら、
「学校は新学期から止さしますよ。どうも落ちつかない子供だから……」
「おしいですわね、英語なんか出来たんですのに……」
「母親がないからですよ、一ツ林さんマザーになって下さい。」
「小父さんと年をくらべるより、ベニちゃんとくらべた方が早いんですからね。いやーアよ。」
「だってお半長右衛門だってあるじゃありませんか。」
 私はいやらしいので沈黙ってしまった。こんな仕事師にかかっては口を動かすだけ無駄かも知れない。やがてベニが、鼻を真紅《まっか》にして帰って来る。
「お姉さん! うどんの玉、沢山買って来たから上げるわ。」
「ええありがとう、パパ早く帰って来たわよ。」
 ベニは片目をとじてクスリ
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