カス女になり
死ぬまでカフエーだの女中だのボロカス女になり果てる
私は働き死にしなければならないのだろうか!
病にひがんだ男は、
お前は赤い豚だと云います。
矢でも鉄砲でも飛んでこい
胸くその悪い男や女の前に
芙美子さんの腸《はらわた》を見せてやりたい。
[#ここで字下げ終わり]
かつて、貴方があんまり私を邪慳《じゃけん》にするので、私はこんな詩を雑誌にかいて貴方にむくいた事がある。浮いた稼ぎなので、あなたは私に焦々しているのだと善意にカイシャクしていた大馬鹿者の私です。そうだ、帰れる位はあるのだから、汽車に乗ってみましょう。あの快速船のしぶきもいいじゃないの、人参燈台の朱色や、青い海、ツツンツンだ。夜汽車、夜汽車、誰も見送りのない私は、お葬式のような悲しさで、何度も不幸な目に逢って乗る東海道線に乗った。
(七月×日)
「神戸にでも降りてみようかしら、何か面白い仕事が転がっていやしないかな……」
明石行きの三等車は、神戸で降りてしまう人たちばかりだった。私もバスケットを降ろしたり、食べ残りのお弁当を大切にしまったりして何だか気がかりな気持ちで神戸駅に降りてしまった。
「これで又仕事がなくて食えなきぁ、ヒンケルマンじゃないけれど、汚れた世界の罪だよ。」
暑い陽ざしだった。だが私には、アイスクリームも、氷も買えない。ホームでさっぱりと顔を洗うと、生ぬるい水を腹いっぱい呑んで、黄いろい汚れた鏡に、みずひき草のように淋しい自分の顔を写して見た。さあ矢でも鉄砲でも飛んで来いだ。別に当もない私は、途中下車の切符を大事にしまうと、楠公《なんこう》さんの方へブラブラ歩いて行ってみた。
古ぼけたバスケットひとつ。
骨の折れた日傘。
煙草の吸殻よりも味気ない女。
私の捨身の戦闘準備はたったこれだけなのでございます。
砂ぼこりのなかの楠公さんの境内は、おきまりの鳩と絵ハガキ屋が出ている。私は水の涸《か》れた六角型の噴水の石に腰を降ろして、日傘で風を呼びながら、晴れた青い空を見ていた。あんまりお天陽様が強いので、何もかもむき出しにぐんにゃりしている。
何年昔になるだろう――十五位の時だったかしら、私はトルコ人の楽器屋に奉公をしていたのを思い出した。ニイーナという二ツになる女の子のお守りで黒いゴム輪の腰高な乳母車に、よくその子供を乗っけてはメリケン波止場の方を歩いた
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