捨ててかえりみない場合、妻が逆上して殺人を犯す場合もあり得ると思います。よく世間では、男の犯罪の後にはかならず女があると云いますけれど、こうした場合、どう云う風に云えるものでしょうか。道徳はきびしいものです。女の犯罪は、何時《いつ》も自分の家庭に関係しているようです。わたしは、現犯時の年齢と罪名と云う統計の一つをここへ書いてみましょう。
 年齢と罪名をてらしあわせてみますと、その年齢によって、年々の女の生活がよくわかって来るような気がします。

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十八歳未満が、窃盗二人、嬰児《えいじ》殺し一人。
二十歳未満が、窃盗二人、強盗一人、放火二人。
二十五歳未満が、窃盗四人、詐欺二人、殺人一人、嬰児殺し二人、放火四人、治安維持法違反一人。
三十歳未満では、窃盗十一人、詐欺四人、殺人四人、放火五人。
三十五歳未満は、窃盗四人、詐欺二人、傷害一人、殺人六人、嬰児殺し三人、放火五人。
四十歳未満では、窃盗八人、詐欺二人、殺人一人、嬰児殺し三人、放火六人、治安維持法違反一人。
五十歳未満、窃盗十八人、詐欺五人、殺人四人、嬰児殺し五人、放火十人、賭博《とばく》一人。
六十歳未満は、窃盗十五人、詐欺一人、殺人六人、嬰児殺し三人、堕胎《だたい》一人、放火九人、贓物《ぞうぶつ》収受一人、文書偽造一人。
七十歳未満では、窃盗四人、殺人一人、嬰児殺し一人、放火三人、賭博一人、兌換券偽造一人。
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 こんなふうな統計ですけれど、十八歳から二十歳前後には、案外に犯罪がすくなくて、年をとるほど、生活的な犯罪が多くなっていっています。おもしろいことには、月経と犯罪と云う統計のなかには非月経の時の犯罪が案外多いのでした。平時の折の犯罪が八七とすると、月経時の犯罪が二一の割合です。
 独房を見てから、わたしは講堂のようなところをみせて貰いましたが、ここは広い畳敷きの部屋で、オルガンが置いてあり、教壇の後には金色《こんじき》まぶしい仏壇が安置してありました。部屋の窓々から、明るい正午の陽の光が射しこんでいて、ここはまるで小学校の裁縫教室のようなところでした。ここでは訓話をきいたり、少年囚の学課の教室にもなるのだとうかがいました。
 さすが女囚の刑務所だけあって、古い建物でしたけれど、四囲《あたり》は清潔な感じです。洗面所には、よく製糸工場でみるような細い長い鏡が横に張りつけてあって、窓の外に明るい庭がみえています。広い、道場のような工場の中には、赤い着物を着たひとだの、青い着物のひとだの、濃い縞《しま》の着物を着ているひとだのが、カアキ色のエプロンをして色々な作業についていました。
 織り物をするところでは、輸出向きのタフタのようなものを、動力をつかった沢山の機《はた》で織っているのですが、ここは千紫万紅《せんしばんこう》色とりどりに美しい布の洪水《こうずい》です。わたしたちのパラソルにいいような、黄と青と黒の派手なチェック模様や、真夏の海辺に着たいような赤とブルウの大名縞《だいみょうじま》、そんな人絹《じんけん》のタフタが沢山出来ているそばでは地味な村山大島が、織られていたり、畳を敷いたところでは、娘やおばあさんたちが、派手な着物を縫っていたりしました。請負《うけお》い仕事なのでしょうが、とにかく、忙しく仕事をしている間と云うものは、この人たちの上に、何の暗さもかぶさっては来ないだろうとおもわれます。黒い上っぱりを着た若い女看守のひとが各部屋に一人ずつつきそっているようでした。虫|除《よ》けの薬をいれる、ホドヂンと云うセロファンの薬の袋を貼《は》っているひとたちのなかに、眼鏡《めがね》をかけた赤い着物のおばあさんもいました。
 のし[#「のし」に傍点]を張っている人たち、軍需品だと云う白い小さい布にミシンをあてている人たち、どのひとも、罪を犯してここへ来ているひととはみえない、なごやかな表情ばかりです。
 罪とは何なのだろうとおもえるような気がしてくるそんな明るい部屋のなかでした。この、栃木の女囚の刑務所は、男のひとの参観をゆるさないのだそうで、どこもここも文字通りの女護ヶ島《にょごがしま》なのです。明るい庭さきでは、洗い張り作業をしているひとたちもいました。――昔、何かで読んだ本に、刑務所の食事のことがありましたけれど、菜っぱのことを鳥またぎと云い、昆布のことをどぶ板と云うのだそうで、鳥またぎは鳥もまたいで通るような菜っぱの意味だそうですが、この刑務所はどんな食事をするのかと、わたしはたいへん興味がありました。
 やがて炊事場もみせて戴き、これが今日の食事だと云う食卓もみましたが、やっぱり、何と云っても異常な場所だと云う気持ちだけは感じました。筒型にかためられた茶色の御飯と、味噌汁のようなものと胡麻塩《ごましお》、そん
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