みせて貰った、現犯時の年齢と罪名《ざいめい》と云う統計書には、殺人が二十三人もあり、詐欺が十六人もあるのです。しかも一番多い犯罪としては、四十四人の放火と、六十八人の窃盗《せっとう》罪です。
幸福なあなたたちは、こんな罪のひとたちをどんなふうにお考えでしょう。わたしは、獄内をまわりながら、働いているその人たちを見るにしのびない苦しいものを感じました。同性の故かもしれません。これらのひとたちは、罪に服していると云う気持ちのせいか、案外明るい感じでしたけれど、そのひとたちと違う服装のわたくしを見て、そのひとたちは気持ちを悪くしやしないかしらと、わたしはそんな負目《おいめ》さえ感じて、みんなをじろじろみる事がどうしても出来ない気持ちなのです。
わたしがここで一番胸をうたれたのは、独房のなかで赤ん坊を背負ってのし[#「のし」に傍点]をつくっている若い女のひとの姿でした。太い格子のなかは、頭と膝《ひざ》だけがみえる造りになっていて、真中の板戸には、ほんの眼だけみえる小窓がついていましたけれど、ここからちらと覗《のぞ》いた女のひとの眼の美しさに、わたしは暫くは誘われるように、その独房の前に立ちつくしていました。
透明な晴ればれした眼でした。わたしは近よって、ここだけは無作法にもその小窓から覗いてみたのですけれど、青い蒲団《ふとん》を重ねてある部屋のなかで、その女のひとは痩《や》せてしぼんだような赤ん坊を背負って、小さい台の上で赤いのし[#「のし」に傍点]をたたんでいました。その女のひとは、わたしをじっと見上げているけれど、いまにも涙のたまってきそうな、何とも云えない淋しい眼色をしていました。わたしは自分で赧《あか》くなりながらも、わたしの感傷は、何だか、ここから去るにしのびないものを感じるのです。
皮膚《ひふ》は少女のように清純で、ひっつめに結《ゆ》った髪の色も黒くて、何よりも、その眼の美しさには、わたしはおもわず、このひとはいったい何の罪でこんなところへ坐っているのでしょうかと案内の方に尋ねました。教誨師のひとは、放火でここへ来ているのですけれど、もう一ヶ月もすれば出られるひとだと教えてくれました。
背中の赤ん坊は、老人のようにしぼんで小さくみえました。ここで生れた赤ん坊なのかしらと、わたしは、世間の赤ん坊のように、何の祝福も、何の歓待も享《う》けていない、淋しい赤ん坊のために、この若いお母さんは背中の赤ん坊にどんな償《つぐな》いでもしなければならないだろうと、わたしは、異常な生涯を持つ、この小さい赤ん坊の為に、ふっと、その女のひとに怒ってみるような気持ちも心に走って来ました。だけど、壁の黒板には、涙は人生を救うと書いてあります。
わたしは、一ヶ月ほどして出て行く、この淋しい親子が、もう社会でけっして不幸でないようにと祈る気持ちでした。
昔の八百屋《やおや》お七《しち》の世界から、女性の放火と云うものは、何となく激しい熱情的なものを感じさせますが、女の罪名にも、強盗なんて云うのは聞いても怖い感じです。統計のなかにも、二十歳未満の少女に強盗と云うのが一人ありました。わたしは吃驚して、どんな風な少女なのでしょうと訊《き》いてみました。
「まだ、ほんの子供みたいな娘で、由井正雪《ゆいしょうせつ》の講談本を読んで、何となく人を驚かしてみたく、夜明けに村の家へ庖丁を持ってはいったのですよ」
そんな風のことを教誨師の方が云っていましたけれど、わたしは、春のめざめの頃に感じる逞《たくま》しい空想力を、どんなにしても堪《た》え忍ぶことの出来なかった自分の少女の頃のことをふっとおもい出すのでした。
これから女の人生が始まろうとする、色々な不思議さのなかに、来潮と云うものが、どんなにわたしたちを吃驚させたことでしょう。来潮の来るころの年齢は、たいてい十七、八歳の頃でしょうけれど、このころの女の理性と云うものは、ずいぶん重たい花粉をつけて、重たい花べんとをのせているものだったとおもいます。貞操と云うことを、おぼろげに考え始めて来ます。そうして、理由のない苦痛が、この年齢にはきびしいほどおとずれて来ます。わたしは、その強盗をした少女のことも、罪は罪としても、何だか、ほほ笑《え》ましいものを感じるのでした。女の犯罪として、案外一番すくないのは治安維持法違反と、文書偽造、兌換《だかん》券偽造とか云った罪名でした。殺人の二十三人と云うのはいったいどうしたことかとわたしは暗然となるのです。
教誨師の方々の話をきいてみると、殺人をした女囚と云うのは、たいてい田舎のひとが多くて、しかも百姓の女のひとが多いのだと云うことでした。
いままで気を合せてせっせと働いていた百姓の夫婦者が、すこしばかり生活が楽になってくると、良人《おっと》が他に女をつくり、家を
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