つゆ思わないけれども、せめて、もう一段背のびをしてみたいと思っている。――室生《むろう》さんのこの頃のお仕事の逞《たくま》しいのに愕《おどろ》いている。武田さんも随分あぶらがのっている。偉いと思う。みんな歴史を持っている人たちだけれども、よく疲れられないものと、その苦しみを考えるのだ。私は纔《わず》かに七、八年の歴史しか持っていない。それも、自ら踊りを踊る仕事で、苦味《にが》いことだらけだ。
 清水のように特殊な味のない仕事をするのはこれからだと自ら反省している。
 私には、深く行き交う友達がない。私はほとんど人を尋ねて行ったことがない。町でたれかれ[#「たれかれ」に傍点]に逢うだけのもので、人の家を訪問することはまれ[#「まれ」に傍点]だ。自分に倚《よ》り添うてくれるものは、結局自分自身なのであろう。――散歩も段々おっくうになってしまった。ひま[#「ひま」に傍点]があるとベッドに横たわって呆んやりしている。月のうち五、六ぺん、神田の古本屋、本郷の古本屋をひやかして歩く。とても愉しい散歩のひとつだ。割合、不勉強で本代はいまのところそんなにかからない。拾円もあれば我《が》まんしている。昔
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