しいですね」このように、誰かが私達に聞いてくれるとすると、私はいつものように楽《たの》し気《げ》に「ええこんなに、そう、何千株と躑躅《つつじ》の植っているお邸《やしき》のようなところです」と、私は両手を拡《ひろ》げて、何千株の躑躅がいかに美しいかと云う事を表現するのに苦心をする。それであるのに、三人目の男はとんでもなく白気《しらけ》きった顔つきで、「いや二百株ばかり、それもごくありふれた、種類の悪い躑躅が植えてある荒地《あれち》のような家敷跡《やしきあと》ですよ」という。で、私は度々|引込《ひっこ》みのならない恥《は》ずかしい思いをした。それで、まあ二人にでもなったならば思いきり立腹している風なところを見せようと考えていたのだけれど、――私達は一緒《いっしょ》になって間もなかったし、多少の遠慮《えんりょ》が私をたしなみ[#「たしなみ」に傍点]深くさせたのであろうか、その男の白々《しらじら》とした物云いを、私はいつも沈黙《だま》って、わざわざ報いるような事もしなかった。
 もともと、二人もの男の妻になった過去を持っていて、――私はかつての男たちの性根を、何と云っても今だに煤《すす》けた標本のように、もうひとつ[#「ひとつ」に傍点]の記憶の埒《らち》内に固く保存しているので、今更《いまさら》「何《なん》ぞかぞ」と云い合いする事は大変|面倒《めんどう》な事でもあった。

     二

 二人目の男が、私を三人目の小松与一《こまつよいち》に結びつけたについては――

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お前を打擲《ちょうちゃく》すると
初々と米を炊《と》ぐような骨の音がする
とぼしい財布の中には支那《しな》の銅貨《ドンペ》が一ツ
叩《たた》くに都合《つごう》のよい笞《むち》だ
骨も身もばらばらにするのに
私を壁《かべ》に突き当てては
「この女メたんぽぽが食えるか!」
白い露《つゆ》の出たたんぽぽを
男はさきさきと噛《か》みながら
お前が悪いからだと
銅貨の笞でいつも私を打擲する。
[#ここで字下げ終わり]

 二人目の男の名前を魚谷一太郎と云って、「俺《おれ》の祖先は、渡《わた》り者かも知れない。魚を捕《と》ってカツカツ食って行ったのであろう」そういいながらも、貧乏《びんぼう》をして何日も飯が食えぬと私を叩き、米の代りにたんぽぽを茹《ゆ》でて食わせたと云うては殴《なぐ》り、「お前はど
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