とを云つて、もんにも、工藤をだづねて上海へ行つてみてはどうかとすゝめてくれた。もんは、弟にそんな事を云はれるとなほさら淋しくて仕方がなかつた。鏡を見ても、何となく働きづかれがしてゐるやうに自分が乾いてみえる。會社へ出てゐても、誰一人として自分をしみじみとみつめてくれる人はない。どんな不器量な女でも、始めてのはいりたての女事務員には、何故か男の社員は親切な態度をみせてゐた。新しくはいつた女事務員は、一日一日と美しくみがかれて來て、二三ヶ月もすると、すつかり職業婦人のタイプになり、平氣で男の社員の前でコンパクトを擴げるやうになつてくる。すると、男の社員達は二三ヶ月前に見せてゐたあんなに親切な好意を憎しみの表情にかへて、お互ひ同志ではニツクネームをつけてその女事務員を呼びあつたりしてゐた。もんは長く勤めてゐるだけに、こんな場面のうつりかはりを幾度か見て來て知つてゐるのだつた。
思ひきつて、もんが會社をやめて上海へ旅立つて行つたのは去年の秋であつた。音信が來なくても、船の名前を知らせてやれば、工藤だつて、どんな事情があるにしても迎へに來ないと云ふはずはない。雨の降る日に長崎の町を發つて、翌日
前へ
次へ
全33ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング