に對して冷たくしてゐたわたしの氣持を諒として[#「諒として」は底本では「凉として」]下さい。やがて立ちなほつて、賑やかな家族になつておめにかゝります。女房も今年の夏は子供を生みます。自分の子供だと信じてゐます。どうぞお元氣でゐて下さい。もん[#「もん」は底本では「も諒」]は讀んでゆきながら涙が溢れてゐた。いろんな追憶は悠々と未來の海から吹いてくる風に[#「風に」は底本では「風を」]かき消されて逝く。一年一年と忘却のかなたへ去つてゆく歳月を見送つて、もんはただ呆んやりしてしまつてゐる。女學生時代には考へてもみなかつた少女らしい夢が、いまごろになつて青い炎を燃しはじめてゐるのだ。神樣、私と云ふ女だけが間違つた生きかたをしたのでせうか……。すべては流過のたゞなかにあるのだ。大にしては今日戰ふ國々があり、小にしては、人間のはしくれである、自分のやうな生きかたまでも……すべては歴史のなかに流れてゆくのである。工藤のこゝろを惹くために死んでみようなぞと考へてゐた事が莫迦々々しく思はれてならなかつた。そのくせ、米倉と結婚する氣持には少しもなれなかつた。もんは蘇州で夏をすごしてからめつきり躯を惡くして
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