進んでゆくのだわ‥‥)埼子はハンカチを振りながら、明日から自分だけが、またこの海邊にのこつてゐるのだと思ひ、妙に感傷的になつてゐる。
「ぢやア、さよなら、下駄は驛の前で買つたンだよ‥‥」
「あゝさうか。東京へもやつて來いよ‥‥」
「うん、また、君が新京へ行くまでには、一度、たづねてゆくよ‥‥」
 垣根の外へ、延岡の鼠色のソフトが見えた。延岡は一度もふりかへりもしないで、生垣に沿つて、櫻内とは反對側の方を歩いてゐる。
 海が急に昏くかげつて、風が出はじめたのか、まるまつた新聞紙が、垣根のそとを石崖の方へ風に吹かれて行つた。



底本:「惡闘」中央公論社
   1940(昭和15)年4月17日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※疑問点の修正に当たっては、「林芙美子全集 第十五巻」文泉堂出版、1974(昭和52)年4月20日発行を参照しました。
入力:林 幸雄
校正:花田泰治郎
2005年6月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp
前へ 次へ
全25ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング