ちむかつてゆく勇ましい元氣があるのだ。それなのに謙一だの自分達の周圍はいつたいどうしてこんなに昏いのだらう‥‥食べることや、生活にはどうやら困らないでゐられるけれども、四圍のすべては老人臭くてごみごみしてゐて、あんなに、どの學生も職業探しに血まなこになつてゐる‥‥。二度と再びめぐつて來ない青春すらも、押しかくしてみんな毆りあつては生きてゐるのだ。
埼子は、この海邊の別莊で、何年生きられるのかもわからなかつたけれども、何かしら、この世に生を受けて生まれて來たそのことが、悲しく切なく感傷的になつてきてゐた。
「這入つていゝ?」
「誰なの?」
「僕‥‥」
「這入つていゝわ‥‥」
謙一は滿ち足りた眠りから覺めた明るい顏色で、のつそりとサン・ルームへ這入つて來た。
「だいぶ狐色に燒けたのね?」
「私の背中、いゝ色でせう‥‥」
謙一はまぶしいものでも見るやうに、埼子の背中を眺めた。燒きたてのパンのやうにふつくらしてゐる。背筋の溝の線も健康さうだつた。肩の肉づきは子供のやうに薄くて、とがつたやうな左の肩さきに、陽がきらきら射してゐる。窓硝子の向ふには、白く陽に反射した海が見えた。
「謙一さんは
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