生たちの寢床を敷いておくと、眠さうな喬を引きとつて、さつさと埼子の部屋へ引きさがつてしまつた。謙一は、いまでは、延岡の訪問を後悔してゐるやうであつたけれど、二人の話の途中にはいるのも自分が弱いやうで、しばらく默つてゐた。
おとなしい中堀がふと、何氣ない風で、
「君はそんなに學問と云ふものに憧憬してゐるのかね? 學校の思想の枠の中でメリーゴーラウンドしてゐるとはどう云ふ意味かわからんけれど、今夜はまア清水君や僕たちの送別の宴なのだから、むづかしい話はよし給へ!」
「あつはッはッ‥‥むづかしい話かねえ? これが‥‥」
延岡はいかにも愉快さうに大笑しながら、箸を煮えつまりかけてゐる鍋の中へつゝこんだ。すると、櫻内は急に大きな聲を出して、
「莫迦野郎! いつたい誰を侮辱してゐるんだツ!」
と、延岡のつき出してゐる手の箸を引つたくつて硝子戸へぴしやツと投げつけた。箸をとられた延岡は、むくつと立ちあがつた。立ちあがるなり目の前にあるビール瓶をつかんで、櫻内の顏面をめがけて力いつぱい投げつけた。躯をかはした櫻内が、疊にうつぶすのと、瓶が床の間の壁へづしりと響いたのと同時だつた。顏をあげた櫻内は
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