就職
林芙美子

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 何をそんなに腹をたててゐるのかわからなかつた。埼子は松の根方に腰をかけて、そこいらにある小石をひろつては、海の方へ、男の子のやうな手つきで、「えゝいツ」と云つては投げつけてゐた。石は二三間位しか飛ばないで、その邊の砂地の上へ濕つた音をたてておちてゐる。
 冬の濱邊は、時々遠くの方から、ごおつごおつと風を卷きたててゐた。空には雲の影もないのに薄陽が針をこぼしたやうに砂地にやはらかい光をおとしてゐる。埼子は急に砂地の上へ轉び、犬のあがきのやうに、乾いた砂地をごろごろ轉げてみた。砂は襟の中や、袖や、裾から埼子の熱い躯に觸れてくる。埼子は汗ばんだ肌へ少しづつ砂がはいつてくるのが氣持がよかつた。しまひには、胸をひろげて、乾いた砂を胸へすくひこんでゐる。砂は汐臭い海の匂ひがしてゐた。兩手に砂をすくつてシャワーだと云つて裸の膝小僧にもふりかけてみた。時々、小人島の風のやうなあるかなきかの龍卷が、埼子の頬へ砂風を吹きつけてくる。膝小僧の上の砂もさらさ
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