つてみんしや」
 八ツ口からふくふくした腕を出してゐたのを、その女の子は腕をまた袖口へもどして、今度は袂を持ち添へて栓抜きの上から押すのです。下唇に黒子があつて眉の濃い娘でした。その娘は銀色の丈長と云ふのを掛けて、ひつつめの桃割れに結つてをりましたが、此島の置屋(芸者屋)の娘ででもあるのでせう、仲々はきはきとしたものごしで、何がをかしいのか、ラムネの栓を抜いてもくちにむせてばかりゐて、はかばかしくラムネの水が減つてゆきませんでした。もう、ぽつぽつとおぼろげながら、心の日蔭を持つやうになつてゐても、カラカラとラムネの玉の鳴るのをきいてをりますと、まるで子供のやうに由も飲みたくて仕方がないのです。ですが、奉公にやらされる位でありましたので切符を買つて貰つて、穴のあかない五銭白銅をもらつたのがせいぜいで、此五銭白銅は、どんな場合があるかも知れぬ故大切に持つてゐるのだと、母親にくれぐれも云はれても云はれてゐた金なのでありました。
「そのラムネ、なんぼうな?」
「三銭よウ」
 娘が白い歯をニッとみせて云ひました。由はそれでミカン水の方にでもしようと手を差し出しますと、娘は早もうラムネの壜を取つて、「わしに抜かしてつかアさい」と、又袂を持ちそへて、垢のついた木の栓抜きを面白さうにラムネのくちへ当てるのでした。
「ミカン水はなんぼう?」
「ありア一銭よウ、ラムネにせんのんかな、わしに抜かしなしやアよ」
 由は娘の云ふとほりラムネを飲むことにしました。抜いてもらつて、早く娘と同じやうにカラカラと壜の中で玉を転がしながら飲みたいと思つたので、「ラムネぢやア」と云ひますと、その声といつしよに娘は壜のくちに力を押して、ポオッスンと抜きました。
 二人は露店のみせさきで、ラムネの玉をカラカラと云はせて飲みました。
「ラムネの玉ア抜くの好きぢや」
 その娘は、まだほかにラムネを飲みに来る者はないだらうかと、キョロキョロ四囲を見まはして、土方が通つても、「あんたラムネでも飲んで行きなさらんの」と、まるで大人の女のやうな言ひぶりと、姿で笑ひかけるのです。「今度、誰かラムネ飲まんかいのウ。玉ア抜くの面白いがの‥‥」――二人は、それから色々の話を始めるやうになりましたが、行きしぶくつてゐる由をうどんやへ連れて行つてくれたのも此ラムネを抜いてくれた娘でありました。

 2 由の仕事は、家中の誰よりも早
前へ 次へ
全9ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング