いくらにも売れやしないよ、月遅れぢやないか、屑屋へ持つて行くと、これだけで五銭位には買ふよ」
「そんな事を言はないで、ねえ、買つとくれよ」
「ここは判こがなくちや買へないンだぜ」
「爪印でいいンだらう?」
「爪印? こましやくれたこと言ふ子供だねえ、この雑誌、どうしたンだい?」
「うちの姉さんがくれたンだよ」
「莫迦言つちやいけないよ、こりや回読会の雑誌ぢやねえか、知れたら巡査に連れて行かれるぞ‥‥」
 私は本屋の主人と子供の問答をきいてゐたが、その声には何だかきゝ覚えがあつた。文庫のはいつてゐる小さい本棚の横から覗いてみると、花屋の前で、私に金をくれと言つた愛らしい子供であつた。どうして、あの子供はあんなに幼いくせに金の心配ばかりしてゐるのだらうと、暫く、その子供の様子を見てゐると、子供は途方にくれたやうな顔で、
「ねえ、これを売つて帰らないと困るンだけど、ねえ、買つとくれよ。これで麦を買ふンだよ」
「ふん、麦を買ふ? この雑誌で何升買えると思つてるのかい?」
「一升買へばいゝンだよ」
「一升ねえ」
「あゝ一升二十銭だぜ」
「坊やの家ぢや随分ゼイタクな麦を食つてンだね。安麦でうまいの
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