子供たち
林芙美子
雨が降つて暗い昼間であつた。堀には汚水がいつぱい溢れてゐた。床屋を出て雨傘を低く差しかけ、刈つて貰つた短い髪の毛にさはりながら歩いてゐると、後からぴちやぴちや汚水をはねて、「おばさん!」と言つて走つて来る子供があつた。
「何?」
振りかへると、赤と青の床屋のねじ棒が、眼に浸みるやうな色でぐるりぐるり床屋の店先きに廻つてゐる処から、汚れた紺飛白を着て、ゴム長をはいた小さい男の子が、にこにこ笑ひながら走つて来た。
「なアに?」
「お家へ帰るの?」
私は、この馴々しい子供に暫くとまどひした気持ちであつたが、
「ええ帰るのよ」
と言つた。
「どこの子? あンたは‥‥」
「僕? 遠い処なンだよ。あのね、昨日から御飯たべないの、おばさんおかねおくれよ」
その男の子は犬のやうな弱い眼をして私を見上げた。袖口が鼻汁で光つて、手には銹びた針金を持つてゐた。
「おかね?」
「あゝ、おばあさんがとても僕をいぢめて、昨日、僕に出て行けつて言つたンだよ。だから、僕は昨日から帰つてやらないンだよ」
「おうちでみんな心配するでしよ?」
「心配したつてかまはないさ、僕をいぢめるンだもの
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