思へないほど元気さうだつた。絹子は一生懸命で、
「村井さんは何がお好きですか?」
と訊いてみた。
「何ですか? 食べるものなら、僕は何でも食べます」
「さうですか、でも、一番、お好きなものは何ですの?」
「さア、一番好きなもの‥‥僕はうどんが好きだな‥‥」
絹子は、
「まア」
と云つてくすくす笑つた。自分もうどんは大好きだつたし、二宮の家にゐた頃は、お嬢さまもうどんが好きで、絹子がほとんど毎日のやうにうどんを薄味で煮たものであつた。
うどんと云はれて、急に御前崎の白い濤の音が耳もとへ近々ときこえてくるやうであつた。絹子と信一は同郷人で、信一は絹子とは七ツ違ひの二十八である。去年戦場から片眼をうしなつて戻つて来たのであつた。
二
ささやかな見合が済むと、一週間もたたないで二人は結婚の式を挙げた。千種町の駅に近いところに家を持つた。家を持つとすぐ、留守を吉尾に頼んで二人は御前崎の郷里へ帰つて行つた。
信一の家は半農半漁の家で貧しい暮しではあつたが、父も兄夫婦も非常によいひとであつた。信一の母は信一の幼い時に亡くなつたのださうである。
或晩、信一は絹子へこんな事を
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