しい動悸が打ちはじめ、何だか、歩くことが出來ないほど、荒々しい感情にとらはれてきた。いつたい、何處から、こんな激しい思ひが湧いてくるのか、自分にもこんな思ひが湧いてくる、火の倉があつたのかと登美子は不思議だつた。
「僕は何も云ふ資格はないかも知れないけれど……」
安並はさう云つて、一番最初の二人のきづな[#「きづな」に傍点]を云ひ出しかけたやうだつたが、何となくわざとらしく考へたのか、話を途中で切つてしまつた。登美子が眞赤になり、腕をぶるぶるふるはしてゐるのが、自分の胸につたはり、もう、それで登美子の心も判つたやうで、安並は安心したやうに右の手で、垣根の草をむしりながら、
「日本の民家の垣根つていいものだなア、こんなさつぱりしたものに少しも氣がつかないで石の塀ばかり、僕は長い間見て暮してゐたンだから……」
登美子はそつと立ちどまると、一度眼を固くつぶつて自分に問ひきかせるやうに、
「何時でも、私、行きます。早く式を濟まして下さるやうに、母さんに、あなたから云つて下さいね……」
と、ぽオつと大きく眼をみひらいて、小さい聲で云つた。寺の五重の塔のところで、晝間の電氣がきらきら光つてゐて
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