して行つて祝ひ酒をのみ、醉つぱらつて、電車道に寢込んでゐたのだと云つてゐた。時々、若い巡査は、何べん厄介をかけるのだ、祝ひ酒だの何だのと嘘を云つては、お前は時々往來で寢てゐるではないかと叱つてゐた。群集は笑つた。群集が笑ふと、醉つぱらひの女は手拭を顏からはなして怒つた。伊津子は見世物ではないぞと叫んでゐる醉つぱらひの女の顏がいたいたしくて、すぐそこから離れて驛へ這入つて行つたけれど、明るい驛の中には、スキーを持つた學生たちや奉公袋をぶらさげた出征者の群や、職工や學生や女の群が驛の中にごつたかへしてゐるのを見て、伊津子は養鷄場の鷄舍のなかを眺めてゐるやうな氣持である。その群集の中には、自分によく似た女もゐた。狂人になつて果てる、モオーパッサンの晩年の小説のなかだつたかに、自分と同じ人間と散歩をしたり會話をしたりする作品があつたけれど、伊津子は自分にも、時々そんな錯覺のあることを感じる時がある。切符賣場で、自分によく似た女が切符を賣つてゐた。伊津子が何も云はないのに、その女は伊津子の目的地の切符をくれた。伊津子はしばらく窓口の女の顏をみつめてゐたけれど、伊津子は膏汗の出るやうな苦しいおもひ
前へ 次へ
全16ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング