あさんのやうなこんなに貧しい時があつたのだ。このおばあさんはどんなによろこんでくれてゐるだらうかと、つゆは入齒をカチカチ鳴らしながら子供のやうにのんきな食事をした。ミルクホールを出ると、丁度正午のぼおが鳴つてゐた。つゆは灸をすえて、それから安い映畫を觀て、かもじを取つて家へ歸らうと思つた。灸點師の家までは中々の道のりである。コンクリートの廣い道へ出ると、おばあさんは、では、お灸の札を安く割引いて買つて來てあげますからと云つた。何でも、そのおばあさんが灸の札を買ふと、半額位にはなるのださうである。始めてのひとは三圓取られるのださうだけれど、自分が行けば特別に安くして貰つてあげると云ふので、つゆはそんなに澤山の金を持つて來てゐないと云つた。赤ん坊をおぶつたおばあさんは、眼をしよぼしよぼさせながら、一圓五十錢にして貰つてあげますよ、折角ですからしていらつしやい、とてもよく利くあらたかな灸だとすゝめるので、つゆは澁々一圓五十錢を出した。かもじ屋の拂ひが足りないので困つたことだとおもつたけれども、かもじよりも灸の方につゆは魅力があつたし、あらたかな灸をすえてもらつて娘にも自慢をしてみせたいと思つた。廣い通りなので砂風が吹き、つゆは立つてゐると、小用をもよほして來て苦しかつた。旗屋の前に、大きな荷箱があつたので、そこの横へしやがんで、おばあさんの曲つて行つた路地の方を眺めてゐた。つゆは隨分待つた。一時間も待つた。あんまり寒くて辛いので、旗屋に行つてはばかりを借りた。用をすましてそとへ出て來ても、まだおばあさんの姿はみえない。つゆは泣きさうだつた。風のかげんがだんだん寒くなつてきたし、空模樣が暗く寒々として來た。つゆは、つゝぱつた腰をのばしのばしして、灸點師の家を探して歩いたけれどもそんな家は一軒もなかつた。按摩さんの家が一軒あつたけれども二三人の男の按摩さんがそんなおばあさんは知りませんねと云つてゐた。そこでは灸はやらないのだと云ふのである。つゆは、ここが東京のどの邊にあたるのかもわからないので困つてしまつた。甲斐子が非常時だから大切につかひなさいと云つて金をくれたのを思ひ出して、つゆは何となく悲しくなつてゐた。つゆはいろんなひとにきいてやつと淺草まで戻つて來たけれど慾も得もなく何處かへ坐つてしまひたくなつてゐた。空はもう黄昏れてゐるし、うそさむい風が吹いてゐる。つゆは駒形のか
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