!」
 誰かが呼んでいるようだ。後から鰐《わに》のような黒いものが啓吉の背中を突きとばした。啓吉は、痛くて痛くて耐えられなかった。自分のまわりに、色々な顔の人間達が、手をつないで、
「しっかり、しっかり」
 と、勢いをつけてくれている。
 だが鰐《わに》の口が、ガリガリ音をたてて啓吉の肉のなかに食い込まれると、
「痛いよう!」
 啓吉は、思わずうなり声をあげた。
 自分のうなり声に、思わず瞼をあけると、白い部屋の真ん中に、啓吉は横になっていた。アンデルセンの物語りのなかのように、小さいながら清潔な部屋で、月のような若い看護婦が二人も、啓吉の枕元に立っていた。
 枕元には海のように青い空だけ見える窓が一つあった。
「痛いですか?」
 脣の奇麗な看護婦が訊いた。啓吉は顔を歪《ゆが》めようとしたが、頭には包帯が巻いてあるらしく、顔が歪まなかった。
 手も足も、動かせば、すぐずきんずきんと頭に響いた。看護婦達が、枕元で、窓の下を見て話しあっている。
「運がよかったのねえ、ランドセールが身代りに、まるでおせんべいみたいだったンですって……」
 啓吉は、菓子の銀紙にする、鉛を積んだトラックにはねと
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