まるで噴き井戸から無限に溢れる音のように、ラジオはよくお喋《しゃべ》りしている。
 黒いスイッチが三[#「三」は底本では「二」]ツついていた。一ツを捻ってみた。声が柔かくなった。真中のスイッチを捻ってみた。80だの90だのと数字が変って行く度に、声に波がついた。啓吉は面白くてたまらなかった。最後に残ったスイッチを捻ると声がはたと止んだ。啓吉は周章てて、そのスイッチを返し一番初めに捻ったスイッチを巻いて見たが、自分で愕《おどろ》く程な、大きな濁音だらけで、啓吉には手のほどこしようもない。狼狽の面持ちで、三つのスイッチを、あっちこっち捻ってみたが、音は出鱈目《でたらめ》で、店の中から、吃驚したような声をたてて、
「馬鹿野郎!」と、頭の禿げた電気屋が飛び出して来た。
 啓吉は横町へ隠れたが、電気屋はまだ追っかけて来た。啓吉は、たまらなくなって、叔父達のいる喫茶店の中へ飛び込んで行った。
 勘三は頬杖をついていたが、啓吉がランドセールを背負った格好で飛び込んで来たので、驚いて立ちあがった。
「どうしたンだ? 叔母さんと来たのかい?」
「いいや……」
「どうしたンだ?」
「ラジオ屋で悪戯《いたず
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