白くなっている。啓吉は帰って来た事を叱られそうな、おずおずした目で、
「ううん」
と言った。
「まア、あンた達なの……金魚のうんこ[#「うんこ」に傍点]みたいにぞろぞろして……」
玄関には、大きな男の下駄がぬいであった。風呂からあがりたてで桜ン坊のように赤くなった礼子が奥から走って来た。
貞子は、玄関へつっ立ったまま妹達へ上がれとも言わない。
「寛子姉さんがね、啓坊を連れてって、容子を訊いてくれって言うもんで……」
「そう、じゃ、啓吉置いてらっしゃい、何も、容子なんかあンた達に話す事ないじゃないのさ……」
「怒ってンの?」
菅子が急にむっとして言った。
「怒ってやしないけど、連れに行くまで置いてくれてもいいじゃないの……姉妹|甲斐《がい》もないねえ」
「何よういってンのウ、湯帰りか何かでのんびりしててさ、自分の子供を妹の所帯へあずけっぱなしで……何もねえ、容子を訊くってのは、男のひとが居るのか居ないのかをさぐりに来たンじゃないわよ」
「まア、いいわよお菅ちゃん!」
蓮子が急におろおろした。
「放っといてよお蓮ちゃん! いうだけはいわなくちゃア、ええ? 昨夜は啓坊は私のところで泊るし、その前の晩は、神田の尺八を吹く人の家に世話になったりして、寛子姉さんとこだって、二晩もあずかってさ、夫婦喧嘩までおっぱじめたりしたのよ……そんな邪魔な子だったら孤児院にでもやったらいいでしょう!」
啓吉は貝のように固くなった。
十八
叔母達がぷりぷりして帰って行くと、
「啓吉!」
と、母親の怒声が頭の上で破れた。上目で見上げると、針金のように剃りあげた眉を吊りあげて、貞子が障子に凭れている。
「お前のような子供はどっかへ行ってしまうといいんだ。一つとしてろくなこたアありゃアしない。――お母さんを苛《いじ》めりゃいい気持ちなんだろう! ええ? そうなンでしょ……」
啓吉は黙ってうなだれていた。しまいには首が痛くなってしまった。足元を蟻の大群がつっ切って行っている。蟻のお引越しかな、啓吉はそう思いながら、痛い首をそっと下へ降ろしかけると、
「莫迦!」と、いって、横面がじいんとするほどはりたおされた。
「ええ? どこまで図々《ずうずう》しい子なンだ! 親が何かいっているのに、地面ばっかり見つめてさ……母さん、お前のような白ッ子みたいに呆けた子なンか捨てっちま
前へ
次へ
全38ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング