って、菅子の方が七ツも年上なのに、ひどく艶々している。啓吉は、よく喋る叔母達を見ていた。
「さア、ま、いいから、湯がわいたらさ、紅茶でも淹《い》れて手伝いなさい」
菅子は鏡台の前に坐って髪をとかし始めた。
「そいで、今度こそ決心したの……」
そういって蓮子は、瓦斯《ガス》のそばへ行って紅茶を淹れながら、思い出したように、
「男って解《わか》ンないわ」
といった。
「そンなに早く男が解っているくせにね……」
菅子が櫛を持った手を叩いて、くっくっ笑い出した。
十七
啓吉が、菅子や蓮子に連れられて、花火のポンポン昇っている戸外へ出たのは昼ちかくであった。
「何も、別れた奥さんに逢っていたからって、怪しいってもンじゃないでしょ、ねえ夫婦になって、一々腹を立ててちゃ仕方がない」
「そりゃア、お菅ちゃんが結婚してみないからだわ、前の奥さんに逢ってて腹を立てない女ってないわよ」
「そうかねえ……」
各々、蓮子にしても、寛子にしても自分の御亭主をいっぱし浮気者に考えているだけ、天下泰平なのだと、酔いどれの勘三や、空家ばかり探し歩いている人のいい三石の事を思い出すと、何となく心細い気もする。
「少々はほかの女のひとにも何とか言われるんでなきゃ、御亭主にしては張合いがないだろう……」
菅子が一矢放った。蓮子は驚いたように唇を開けた。人妻になったとは言っても根が十七歳の少女だ。黙りこんでしまった。
省線で中野の駅へ降りると、電信隊の横の桜が大分葉を振り落していて、秋空が大きく拡がっている。啓吉にはそれがなつかしかった。
今日は学校が休みなのだろう、広場で、学校友達が群れて遊んでいる。時々遠くの群の中から、「田崎君!」と子供達が啓吉を呼んだりした。
啓吉は赧《あか》くなりながら、それでも懐かしそうに、叔母達の後から振り返ってはニヤリと笑ってみせた。どこの庭にも菊の花が咲いていて、
「郊外も此処はいいわね」
と蓮子が言うと、菅子は靴の先きで小石を蹴りながら、
「ここだって市内だよ」
と言った。
啓吉は吾家へ、四日振りに帰って来たのだけれども、まるで一年も見なかったような、遠い距離を感じるのであった。
急いで玄関を開けると、
「おや、一人かい?」
と言って、濡れ手拭を持った母親が出て来た。風呂から帰ったばかりと見えて、衿《えり》のあたりがほんのり
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