ったかしらなんて考えていましたんですよ。」
 といっていました。
 おじさんは、新らしく来たこの県の林野局のお役人で、山から降りしなに径《みち》に迷ってしまって、雨で冷えこんで、腹を悪くしたといっていました。
「ほんとに、薬を飲んだときはやれやれとおもいましたよ。これはお土産《みやげ》ですよ。」
 そういって、紐《ひも》でくくった傘《かさ》とバナナの籠を土間に置いて、より江の頭をなぜてくれました。より江はおじさんが、如何《いか》にもうれしそうに声をたてて笑う皓《しろ》い歯をみていました。お母さんは自転車を洗い終ると、店先きの陽向《ひなた》に干して、おじさんに茶を入れて出しました。
「おや、雨蛙がいるよ。」
 おじさんがひょいと股《また》をひろげると、おじさんの長靴《ながぐつ》の後《うしろ》に昨夜《ゆうべ》の雨蛙が呆《ぼ》んやりした眼をしてきょとんとしています。より江は雨蛙をどこか水のあるところへ放してやろうとおもいました。そっと両手で挟《は》さんで、往来の窪《くぼ》みへ置いてやりましたが、蛙は疲れているのか、道ばたに呆んやりつくばったままでいますので、より江はひしゃく[#「ひしゃく」に
前へ 次へ
全8ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング