ても、一軒づつ戸口に立つのが面白かつた。乞食よりはましだと思つた。二貫目あまりのリュックは相当肩にしびれて来る。りよはリュックのベルトのあたる肩のところへ、手拭を一筋づつあててゐた。
翌る日、りよは、留吉を家に置いて、一人で四ツ木へ出掛けた。子供を連れてゐないせゐかしみじみと独りで鶴石の事を思ふ自由があつた。板塀を曲ると、思ひがけなく小舎の中で火が弾ぜてゐる。りよは、最初の日のことがなつかしくリュックをずりあげながら硝子戸に近よつて行つた。はつぴ[#「はつぴ」に傍点]を着た年を取つた男が七輪に薪を燃やしてゐた。いぶつた煙がもうもうと小さい窓から噴いてゐた。「何だね?」その男が、煙にむせながらこつちをむいた。
「お茶を売りに来てたもンです……」「あゝお茶はまだ上等なのが沢山あるからいらねえよ……」りよは硝子戸へ手をかけてゐたのをやめて、すつと小舎から離れた。あの小舎の中へ這入つてみたところでどうにもなるものではないのだ。あの老人に聞いて、鶴石の姉の家を尋ねて、せめて線香の一本でもそなへて来たいとも考へないではなかつたのだけれども、りよはそれもあきらめてしまつた。どうなるものでもないのだ
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