、鶴石さんの近くにないかしら……私、鶴石さんのそばに引越したいわ……」「まづ、ないね。そりやア、あつたらすぐ話してやるさ。――おりよさんは偉いなア」「あら、どうして?」「偉いよ。女はみンなだらしがないつてわけでもねえンだな」りよが黙つた。一緒に抱きあつてみたい気がした。そして……。りよは鶴石に知れないやうに、少しづつ、ちぎつて捨てるやうな苦しい溜息をついた。腋の下が熱くなつて来た。家をゆすぶるやうにトラックが往来を走つて行く。「戦争つて奴は、人間を虫けらみたいにしちまつたね。大真面目で狂人みたいな事をやつてたンだからなア。自分は二等兵で終つたが、よく殴られたもンだよ。もう、二度なンか厭だなア……」「鶴石さん、お父さんやお母さんは……」「田舎にゐるよ」「田舎は、どこ?」「福岡だよ」「お姉さんは何してるの?」「おりよさんみてえに独りで、子供二人そだててる。ミシン一台持つて洋裁やつてるよ。亭主は華中で早く戦死したンだ……」鶴石は、少しばかり気が持ちなほつたのか、話声もおだやかになつた。
りよはかうした夜の明けてゆくのがをしまれてならない。鶴石があきらめてくれたのだと思ふと気の毒な気がした。
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