ゐる。さきの事は判らないけれども、雨が降るから、仕方なくこんな風になつたと思ひたかつたし、心で、そンな云ひわけをしてゐた。
夜中になつて、りよがいゝ気持ちにうとうとしてゐると「おりよさんおりよさん」と、鶴石の呼ぶ声がした。りよがはつと枕から顔を挙げると、「おりよさん、そつちに行つてもいゝかい?」と鶴石がさゝやくやうに云つた。雨脚が少し弱まつて、軒の水音もたえだえにきこえる。「いけないわ……」「やつぱり、いけないかね?」「えゝ、困るわ……」鶴石は深い溜息をついた。「ねえ、鶴石さんは、私、聞かなかつたけど、奥さんはどうなすつて?」「いまゐないよ」「前はあつたの?」「あゝ」「その方、どうなすつて……」「兵隊から戻つたら、別の男と一緒に暮してゐたよ」「貴方、怒つたでせう?」「うん、まアね、やつぱり怒つたね。――だけど、行つちまつたものは仕方がないね……」「さうね、でも、よくあきらめられたわね……」鶴石はまた暫く黙つてゐた。「何か話しませうか?」「うん、別に話をする事もないよ。……あの、中華そばはまづかつたなア」「……えゝ、本当ね、一杯百円だなンて……」「君達も、部屋があるといゝね……」「えゝ
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