激しく鳴つてゐる。やつと、田原町の近くに小さい旅館を見つけた。
節穴だらけのぎしぎしとなる廊下の突きあたりに狭い部屋があり、そこへりよ達は通された。べとついた柔い畳が、気持ちが悪かつた。
りよは濡れたソックスをぬいだ。留吉は床の間の前にごろりと寝ころがして置いた。鶴石が汚れた座蒲団を留吉の枕にしてやつてゐる。樋もないのか、膨脹した水の音が、ばしやばしやと軒にあふれて滝になつてゐた。鶴石は黄いろくなつてゐるハンカチを出して、りよの髪の毛を拭いてやつた。自然なしぐさだつたので、りよも何気なくその好意に甘えた。雨音のなかに眇《すが》めるやうな幸福な思ひがりよの胸に走つてくる。なぜ愉しいのだらう……。長い間の閉ぢこめられた人間の孤独が、笛のやうにひゆうと鳴るやうな気がして来る。「こんな処で、食べ物を取つてくれるかな?」「さうね、私、訊いてくるわ……」りよは廊下へ出て茶を持つて来た洋服姿の女中に尋ねてみた。中華そばならとれると云ふので、それを二つ頼んだ。
茶を飲みながら、二人は火のない箱火鉢を真中にして暫く向きあつてゐた。鶴石は足を投げ出して、留吉のそばに横になつた。りよは少しづつ昏くなり
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