小舎が軒をつらねてゐる。アメリカ風な絵看板が、みんな唸つて迫つてくるやうな大きい建物の谷間を、三人はぶらぶら歩いた。「雨が降つてきたね」鶴石が片手をあげたので、りよも空へ顔をむけた。大粒の雨が降つてきた。折角の遊山も台なしだと思ひながら、りよ達はメリーと硝子行灯の出てゐる小さい喫茶店にはいつて行つた。思ひがけなく桜の造花が天井からさがつてゐるのが案外寒々しく見えた。紅茶を取つて、りよはのり巻きやパンを出して鶴石や留吉に食べさせてやつた。鶴石は煙草を吸はなかつたので食事も案外早く済んだが、雨は本格的になり、雨宿りの客もいつの間にかいつぱいたてこんできた。
「どうしませう? 随分な雨になりましたね……仲々あがりさうもないわ」「一寸待つて小降りになつたら送つてあげるよ」送つてあげると云ふのは、稲荷町のりよの家の事であらうかと思つた。りよの家へは送つて貰つたところで、鶴石を家へあげるわけにもゆかないのである。同郷の知りあひへ、部屋がみつかるまで腰かけにおいて貰つてゐるのだつた。寝る時は玄関の二畳にやすむので、自分の部屋といふものがない。りよは稲荷町よりも、四ツ木の鶴石のところへ行きたかつたのだ
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