塊の黒砂糖を包んで貰つた。終戰直後は、この砂糖の買ひ出しに、屋久島あたりも賑つたやうである。甘いものに興味のない私は、芭蕉の葉に包んだ砂糖をもてあましてゐた。砂糖はこげ臭い匂ひがした。鹿兒島の町の市場でも、百匁九十圓でこの黒砂糖を山のやうに賣り出してゐたが、菓子のかはりにするのだといふことであつた。鹿兒島の江戸屋といふ喫茶店で、この黒砂糖を入れたコーヒーを飮んだが、苦甘い砂糖水を飮んでゐるやうであつた。
四圍は珍しく陽が輝き、靜寂である。四圍が森閑としてゐるせゐか、私はひどく疲れてゐるのを感じた。麥束を背に負つた、裸足の娘に行きあつた。女のよく働くところである。山々は硯を突き立てたやうに、部落の上にそゝり立つてゐる。陽の工合で、赤く見えたり、紫色に見えたりした。私達は、その山にみとれてゐた。案内の人は、もつちよむ山だと教へてくれた。花崗岩の巨峰は、日本のマッタホルンとも言はれると聞いた。
暫くして、私は海の方へ降りて行つてみた。かなり激しい斜面をなした狹い石道を、海ぎはへ下つて行つた。波が荒く、白い馬が海原を走つてゐるやうに見えた。私は、ふつと、人間に觸れない景色にはたへられないやうな淋しさを感じた。種子島に住んでゐる、朝日新聞の通信員の若い日高さんが、暫くかうした島に住んでゐると、狂ほしくなりますと言つた言葉を想ひ出してゐた。急に人戀しい氣持ちになつて來るのだ。こゝからいくらも離れてゐないところに、馬毛島や硫黄島があるのだけれど、俊寛的な孤獨な氣持ちが心を掠める。ごろごろした石ころのなかに、白く風化した珊瑚礁が混つてゐた。花模樣の透し彫りのやうな白い石である。――屋久島のどこかの學校では、PTAが、砂糖の密貿易をして、學校を建てた話も聞いたが、宮の浦あたりには、時々琉球や大島あたりから、船がはいつて來る樣子である。
嶮岨な山壁を見てゐると、何事もない、人跡絶えた島にも見える。千年近い屋久杉があの山中に亭々とそびえてゐるのだ。海沿ひは年中温暖な土地と見えて、どの樹木も夫婦木のやうに、根元から二本に分れて大きくなつたものが多い。松は本土のやうにひねくれた枝ぶりを持たない。みな空へむかつて、箒のやうに繁つてゐる。村の娘達は、すれちがふたびに、旅人の私達に、丁寧にあいさつをして通り過ぎて行つた。
尾《を》の間《あひだ》には温泉もあると聞いた。
屋久島では、砂糖が
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