んまり寒いから爐を焚いてみたのよ いいでせう?」
 徹男は茶のスウヱータを着て、大きな野櫻のパイプを口にくはへてゐる。たか子は安樂椅子をすすめると、
「ああ、主人がゐない氣持ちなンて、桎梏から離れたやうな氣がするわよ‥‥」
 と、蓮葉なことも云つた。
「だつて、隨分仲のいい御夫婦で、何時も奧さんは愉しさうぢやありませんか‥‥」
「さう見えるのよ。ちつとも愉しくなンかないのよ。早くから子供を産んで年をとつたンですもの、つまらないわ‥‥」
 色んな草木の葉を鳴らして、細かな雨が降りつづいた。さうして、憂々と屈したやうな陰氣な、雨のくせに遠くでいなづまが光つてゐる。
「まるで夏の初めみたいぢやありませんか‥‥」
「さうですね‥‥」
 爐の火ははぜて、ぱちぱち樹皮が燃えあがる。山で傭つた小さい女中が、熱い茶を淹れて持つて來た。
「中々、可愛い娘ですね‥‥」
「あああの娘ですか、毎年傭ふのが嫁に行つたので、その妹が來てるンですけど、素直ですよ」
「いくつですか?」
「十九ですつて、あんなのがお好き?」
「何も知らない、あんなのがいいぢやありませんか‥‥」
「ふふん、徹男さんも隅に置けないひとねえ
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