厭だ」と云つて、窓ぶちへ立つて行つた。
「何、そんな怖い顏して憤つてらつしやるの、だつて、今日は遠藤さんの出版記念の會ぢやありませんか、遲くなるの仕方ないわ」
 何時までも堂助が默つてゐるので、たか子は、たよりなささうに良人のそばへ行き、
「怒つてるンだつたら、かんにんして頂戴、そんな怖い顏してるの厭よ‥‥」
「もういいよ。寢ておしまひ。怒つてなンかゐないよ‥‥」
「さう、でも‥‥」
 たか子は、良人の机の灯を消すと、久しぶりに堂助とむきあつて窓ぶちに腰をおろした。
 星が飛んでゐる。明日も天氣なのだらう、寺院の天井のやうに、高い星空で、秋の夜風が、たか子の髮を頬にふきよせてゐる。
「ねえ、おい‥‥」
「何ですの?」
「俊助や孝助の事考へるかい?」
「パパ、何云つてるの? 俊助から何か云つて來ましたの?」
「何も云つて來やしないよ。――だけどねえ、おい、子供の事を考へると、夫婦別れも中々めんだうだつて云ひたいのさ‥‥」
「厭! 何! パパの云ふこと‥‥別れるなンて何なのツ!」
「お前は子供のやうな顏をしてゐて、隨分押しが太いよ‥‥君には誰だつて甘いとばかりおもつちやいけないよ。わかるか
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