ぢやないか‥‥」
「誰だとおもつたからよ‥‥」
「ふふん、佐々のおばけ[#「おばけ」に傍点]とでもおもつたかい?」
「まア、厭だ! それ皮肉でおつしやるの?」
「皮肉ぢやないよ‥‥」
堂助は、ふふんと口のなかで笑つて、懷中電燈を照しながら、さつさと二階へあがつて行つた。(何だつて、あのひとは懷中電燈など持ち出したンだらう‥‥)
たか子はわざと荒々しく、廊下のスヰイツチをひねつた。四圍が森閑としてゐるので、堂助が書齋の革椅子をきしませて腰をかけてゐるのまで階下へきこえて來る。
たか子は化粧部屋へ這入つて着物をぬいだ。着物をぬぎながら、たか子は瞼に涙のたまるやうな熱いものを感じた。
寢卷きに着替へて二階の寢室へあがつて行つたが、堂助は書齋の灯をつけて何時までも起きてゐる樣子だつた。
「パパ、おやすみにならないの?」
「ああ」
「何故? 何を怒つてらつしやるの?」
たか子は寢床から起きあがると、良人の部屋へはいつて行つた。堂助は窓を明けて、星空を眺めながら煙草を吸つてゐた。
「あら、綺麗なお星樣だこと‥‥」
たか子は、太つた躯を堂助の膝の處へ持つて行つたが、堂助は小さい聲で、
「
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