厭だ」と云つて、窓ぶちへ立つて行つた。
「何、そんな怖い顏して憤つてらつしやるの、だつて、今日は遠藤さんの出版記念の會ぢやありませんか、遲くなるの仕方ないわ」
 何時までも堂助が默つてゐるので、たか子は、たよりなささうに良人のそばへ行き、
「怒つてるンだつたら、かんにんして頂戴、そんな怖い顏してるの厭よ‥‥」
「もういいよ。寢ておしまひ。怒つてなンかゐないよ‥‥」
「さう、でも‥‥」
 たか子は、良人の机の灯を消すと、久しぶりに堂助とむきあつて窓ぶちに腰をおろした。
 星が飛んでゐる。明日も天氣なのだらう、寺院の天井のやうに、高い星空で、秋の夜風が、たか子の髮を頬にふきよせてゐる。
「ねえ、おい‥‥」
「何ですの?」
「俊助や孝助の事考へるかい?」
「パパ、何云つてるの? 俊助から何か云つて來ましたの?」
「何も云つて來やしないよ。――だけどねえ、おい、子供の事を考へると、夫婦別れも中々めんだうだつて云ひたいのさ‥‥」
「厭! 何! パパの云ふこと‥‥別れるなンて何なのツ!」
「お前は子供のやうな顏をしてゐて、隨分押しが太いよ‥‥君には誰だつて甘いとばかりおもつちやいけないよ。わかるかい‥‥」
「パパは佐々さんの事をまだ責めていらつしやるの?」
「責めてはゐないが、氣持ちはよくないねえ」
「‥‥‥‥」


 結城たか子はいはゆる名流婦人であつた。どんな會にも顏を出してゐないと云ふ事がない。俊助、孝助と云ふ二人の子供があつたが、二人の子供は、たか子と友達のやうな大人で、俊助は熊本の高等學校にゐたし、孝助は中學の學生で二人とも寄宿舍生活をしてゐた。良人の結城堂助は日本畫家であつたが、筆のたつ處から、よく、方々の雜誌や新聞に隨筆を載せて識られてゐた。
 たか子には少しばかり歌が讀めた。歌をつくると云つても、乾いたばさばさしたもので、歌は有名ではなかつた。それでも、歌集は一二册自費出版をしてゐて、たかね會と云ふ若い女歌人の集りの幹事をも務めてゐた。
 次男の孝助が丁度中學へ這入つた年の夏だつた。たか子と堂助は休みで歸つてゐる子供達を家へ殘して、輕井澤へ避暑に行つた。輕井澤といつても沓掛に近い方で、堂助の設計になる小さい別莊へ、毎年二人きりで出掛けて行くのである。
 始め、堂助が沓掛へ別莊を持つたころには、四圍は雜草の原で、人家の遠いぽつんとした處だつたが、近年、堂助の別莊の
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