少しばかり紙に包んでおいて、峰子と二人で寝床でも嘗めた。灯火の下でみると、きらきらした光が硝子の屑のやうでもある。
「何しても、働く場所がないと云ふ事は憂欝だねえ。本郷の方も、当分駄目らしいんで弱つてゐる」[#「」」は底本では「。」]
専造が如何にも弱つてゐる風に髪の毛をむしつた。
「まさか、路ばたでリユツクを下ろして、大学生が店を出すつてことも出来なからうしねえ」
「うん」
「いつそ、どうだい?学校の方をやめてしまつて、本格的に就職運動をしてみたら‥‥」
「生きるといふ事は、まづ難物だなア」
「死ねといつたつて、すぐ死ねもしないしさ‥‥」
「全くだ。僕達のやうな学生のことなンか、世の中は少しも考へてくれやしない。問題が多すぎると云へば多すぎるンだらうが、もつと何とかねえ、――どうしても、五百円はなくちやア勉強は出来ない」
「うん」
「君は、いつたい、サラリーはどの位貰つてるの?」
「まづ、昔の課長級かな」
「ぢやア、大した事もないな」
「まづそんなもンだ、――食にとぼしい生活といふものは、第一に張りがなくなるし、人生に夢がなくなるね、自分が、若いンだか、年寄りなンだか、さつぱり判らなくなつてしまつたよ。有耶無耶にして十年、このまゝでいつたら乞食の生活と大した変りはないね。生きながら冥府に旅をしてゐるも同じの生活だよ。だから呑気は呑気だ‥‥。人間、栄達、立身出世の野心がなければ、なかなか安気なものだ。毎日鞄をさげて出社して、夕べは茄子やトマトを買つて帰る。本は高いから買はないで、まア、朝の新聞の広告を、たンねんに、読んでゆくうちには眠くなつちまふ。眼が覚めるとまたまた鞄をさげて出社‥‥何のことはない、己れに逆ふものなしさ、氷屋のすだれの如き、さらさらした人生図だよ‥‥」
丁度焼野を越した向うを省線が走つてゐる。
眼の下の狭い空地には唐もろこしの籔。四畳半の二階、それでもこよなき天国だ。赤ちやけて芯のはみ出た畳だけれど、間代にはべらぼうな値段がついてゐる。破れ畳に寝るだけで、本を売りつくして、そのうち、本箱もこの畳に吸収されようとしてゐる一日一日、崩れてゆく部屋のかつかうが専造には妙で口惜しいのだ。貧弱な運命といふものが、眼にはみえないけれども、軒の風鈴のやうに風のまにまに涼やかに鳴つてゐる。
これで、五郎でもゐなければ、底なしに荒さんで行くのかも知れない
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