ては、一ツづつトランクを待合所に運んで、私は呆んやりと売店の陳列箱の中を見てゐました。去年は古ぼけた栗島澄子や高尾光子の絵葉書なんか飾つてあつたものですが、そんな物は何も無くなつてゐて、いたづらに、他席他郷送客杯の感が深いのみです。
 こゝでは満洲人のジャパンツーリスト社員に大変世話になり、妙に済まなさが先きに立つて、擽つたい気持ちでした。こゝだけでも二等にされた方が良いと云ふ言葉をすなほに受けて、長春ハルピン間を二等の寝台に換へました。不安でしたが、やつぱり金を出しただけの事はあるなんぞと妙なところで感心してしまつたりしたものです。
「内側からかうして鍵をかつておおきになれば大丈夫ですよ」
 若い満人のビュウローの社員は、何度となく鍵を掛けて見せてくれました。こゝからはロシヤ人のボーイで日本金のチップを喜ぶと云ふ事です。で、やれやれこれでよしと云つた気持ちで鍵を締めて、寝巻きに着かへたりなんぞしてゐますと、何だか山の中へでも来た時のやうに遠い耳鳴りを感じました。四囲があまり静かだからでせう。此列車からホームまではかなり遠いのです。列車が動き出しますと、満人のボーイが床をのべに来てくれ
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