布と云つた方がいゝ程な古ぼけた柿色の毛布です。手荷物を嫌がらない人だつたら、ハルピンあたりで二枚も毛布を買つた方が長く使へるでせう。枕や毛布を借りるのはエトランゼだけで、私の隣人達は、枕から毛布、ヤカンまで持つて乗り込んで来ます。背負つた荷物の中から、かうした世帯道具が出るのは、三等車でなければ見られない図でせう。夜は、ボーイの部屋でスープをご馳走になりました。スープと云つても塩汁です。大変うまかつた。ピオニールも呼んでわけてやりました。ボーイは、私が泣いてゐるので、どうしたのか、「トウキョウ。ママパパ」恋ひしいかと云ふのでせう。私はスープを貰つてすゝつてゐたら、ふいに涙が出て困りました。乗客達は、私が小さいので、十七八の少女だとでも思つてゐるのでせう。それはそれはロシヤ人は、フランス人よりのつぽです。私は、此ボーイにニュームのコップと、レモンと残つた砂糖と、ヤカンと、茶を、モスコーへ着いたら遣る約束をしました。家には湯わかしがボロボロだと云ふのです。ロシヤは、どうして機械工業ばかり手にかけて、内輪の物資を豊かにしないのでせうか、悪く云えば、三等列車のプロレタリヤは皆、ガツガツ飢ゑてゐるやうでした。



底本:「日本の名随筆 別巻51 異国」作品社
   1995(平成7)年5月25日第1刷発行
底本の親本:「林芙美子全集 第一〇巻」文泉堂出版
   1977(昭和52)年4月発行
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2010年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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