兩手ですくって口の中へ押しこんでうまいうまいと云いましたが、生唾が出るばかりで、栗まんじゅうの姿が口のそばで消えてしまうのです。ああ、うちの母さんはなぜお金もうけが下手なのだろうと、むつは自分の母親はきっとエス樣に憎まれているのに違いないと思いました。朝早くから、むつの母親は方々の百姓仕事の手傳いに行きました。弟の太郎は臭い鼻汁ばかり出しているし、むつは、大人の口まねで「ええくそいまいましい。」と舌打ちするのでした。學校へは一里もあるので、むつはなんとかかとか云っては休んでばかりいました。むつは三年生です。先生は木内たねと云って、十八ばかりの若い先生でした。紫色のメリンスの袴をしていて袴が長いので、むつは先生の袴の裾をはぐって見て、木内先生から叱られたことがありました。むつは先生の袴の中が不思議で仕方がなかったのです。先生は短い着物だから袴をはくのではないかと思いました。運動場にいる先生の袴は、今のように圓く風でふくらんで、そのむらさきの袴の中から、いっぱい蝶々が出て來るような氣がしてなりませんでした。むつは、雲を見ていると、風は木内先生の袴の中にも住んでいるのかと考えたりしました。木
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