もなくむつへいろいろなことを尋ねるのですが、むつは何を問われても知らぬと言いました。
「まさか、教會の先生が縛ってほうりこんだンじゃあるめえな。」
と、異人の宗旨を嫌っている疊屋の親爺がこんなことを言いました。するとむつは、教會の先生を惡く云われたことに腹がたってしまって、天狗のようなおじさんが走っているのを見たら、ついて行きたくなったのだと言いました。その天狗のようなひとについて行ってどうしたとたずねられると、もうその先は判らないと言うのです。戸口ががやがやすると、駐在所の巡査と、木内先生が土間へ入って來ました。木内先生はメリンスの帶をおたいこ[#「おたいこ」に傍点]にしめていました。むつの枕元に坐ると、
「どっこも痛くないの?」
とききました。むつは赤くなりました。先生にうそを言うことだけは神樣をあざむくようで、先生の眼を見ることが出來ませんでした。此一二年、村には變な人間も入りこまないのだし、これは神隱しのたぐいなのだろうと村の人達は言いあいました。むつはむつで、自分もそう思い始めました。――村中はむつの話でまたたくまにシゲキされてゆきました。
その翌日、むつが入っていたくさった風呂桶に〆なわが張られました。――むつは學校へ行っても子供達に肩を取りまかれて、何度も何度も同じことを聞かれました。むつの母親は、前よりもひんぱんに方々の百姓家から仕事を頼まれましたが、頼まれる先々でむつの神隱しの話をしなければなりませんでした。むつの母親は手仕事を止めて同じことを話しました。
底本:「童話集 狐物語」國立書院
1947(昭和22)年10月25日発行
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2005年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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