體がふるえて仕方がないのです。母さんは怒っているだろうなと思いました。
 やがて、近くの鷄小舍がちょっと騷がしくなると、竹やぶの中へさくさく歩いて來る者がありました。一人の足音ではないようなのです。二人も三人も、四人も、もしかしたら四五十人も竹やぶへ入って來ているのではないかと思う程、がやがやと人間の聲と足音がします。むつは固くなって息をひそめました。山賊が來たのだろうと思いました。晝間あんないたずらをしたから、エス樣が魔物をよこしたのかも知れないと思いました。
「どうぞお許し下さい。もう、あんなことはしませんから、お許し下さい。」
 むつはそんなことを祈りました。その行列は何だか灯をつけているようなのです。がやがや言いながら、行きすぎてしまいましたが、しばらくすると、また二三人の足音がして、ふと、むつの風呂桶の前で止りました。むつは眼を固くとじて死んだまねをしていました。死んだまねをしていたら大丈夫だと思ったのでしょう。天井をはぐる音がして、ちょうちんの灯が風呂桶をのぞきこみました。
「おーい、いたぞオ!」
「おかアやア! むつはいたぞオ。」
 むつはびっくりしてしまいました。足先がぶるぶるふるえ出しました。引っぱり出されたら、どんなに毆られるか判らないと思いました。
「おい、こりゃア、まア、なわでしばられているぞ、どうしたのかや。」
「ほら、これが神がかりとか神隱しとか云うのじゃねえか。」
「怖わがらせちゃいけないよ。脊筋がぞくぞくするよ。」
 むつは、たくさんのちょうちんにまもられて、大きな男の背におぶさって家へ歸りました。家へ歸ってからも眼を固く閉じていました。村のひとが騷いでいるのが面白かったのですけれど、だんだん悲しくなりました。むつの母親はわけのわからないことを叫んで土間を上ったり降りたりしていました。太郎は火がついたように泣いています。むつは顏の上へ水を吹きかけられました。ふと眼をあけると、村中のひとたちがむつの顏をのぞきこんでいました。
 むつは眼をあけると腹がへったと云いました。母親はそば粉をかいて醤油をかけたのをむつの口もとへもって來ました。
「明日は米の飯を食わしてやる。」
 と、母親がふるえこんでいると、隣の茂の婆さんが、卵を飮ましてみろと、言いました。むつはあわてて、卵は嫌いと言いました。
「ま、元氣が出てええ。」
 そう言って、皆が秩序
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