いし、お百姓の道具なんて何もないだろう。だから、みんな手で掘ったよ。石ころの川床になった荒地を手でたがやしたんだぜ。小さいかぼちゃがすこし出来たかな。山本先生だの、大木先生ね、時時リンゴを買い出しに行って僕たちにたべさしてくれたよ。リンゴってうまいもんだねえ。だけど、僕、おうちへかえれればリンゴなんて一生食わなくてもいいと思ったねえ。おかあさんのことを考えると、むしゃくしゃして来るのさ、あいたくて仕方がなかったなあ。――時時山の上へ行って、みんなで、山彦ごっこをするのさ。おとうさあんと呼ぶんだよ。するとねえ、向こうの山の方から、おとうさんっていうのさ、はじめはきみがわるかったけれど、面白くなっちゃったよ。君、山彦って知ってるかい? とても変なんだよ。東京、東京って呼ぶとね、東京、東京って返事をするんだぜ。――田舎も、山のなかや、田圃や畑はいいね」
「山のなかには、いろんな鳥が鳴いてるんだろう?」
「ああ山鳩っていう、ぼつぼオってなくのがいるよ。ねむくなるようなひるひなか、山のなかでこのぼつぼオをきくと、僕、東京へかえりたくて涙が出て困っちやった」
「山のなかには買い出しは行かないだろう
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