おっしゃいました。何のことだかわからない。
 ごはんのあと、僕と静子は机を二つあわせて、まんなかに電気をさげて、作文にかかりました。
 「黒鯛っておさかな、にくらしくなったわ。こわい顔してるのね」
 静子が、机にひじをついてためいきをつきながらいいました。
 僕は、エンピツをけずりながら、しずかにかんがえていました。だって、どこから書いていいのかわからない。第一、黒鯛なんて、おさかなにおめにかかったのは、今朝がはじめてで、いままで絵でみたくらいなもので、たべたこともなかったのだもの‥‥」
「健ちゃん待っててね、出来ても待っててね」
「ああいいよ、そのかわり静子が出来たら待っているんだよ」
 二人はかたく約束しました。
 静子は勉強する時、いつもするように鼻ばかりかんでいます。
 僕は、エンピツのしんを細くけずらなければ書けないくせがあるので、三本のエンピツをみんなていねいにけずっておきます。
 静子は、なかなか書けないとみえて、もじもじばかりしています。
「黒鯛って寒いところのおさかなかしら」ときかれても僕はだまっていることにしました。かまっていては僕が書けなくなってしまうからです。

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