もわかりにくいところだったが、おばあさんという人がいて、よろこんでいたよ。竹の子を持って行ってくれって、これをよこしたのだよ」
小さい竹の子が三本、やぶけた新聞紙からのぞいています。あの子のおばあさんは、とてもあの子のことを心配していたのだそうです。おばあさんというのは、あの子のおかあさんの一番上のねえさんでほんとうはおばさんなのだそうです。おばさんのお家も大変まずしいお家だそうですけれど、みんないい人たちばかりだから、あの子はきっとしあわせになるだろうとおとうさんが話しました。茶の間で、おとうさんだけ、おそい夕ごはんをたべています。
菜っぱは、おとうさんのおしりあいでもらったのだそうです。おとうさんはいろいろな種ももらって来ていました。さやいんげんの種もありました。いままけば秋にはたべられるのだそうです。
あの子は、僕たちに会わなかったら、まだ歩いているころだったでしょう。おとうさんが連れて行って下さってうれしいと思いました。
桶屋さんの人たちも、あの子をとてもかわいがっていたのだそうです。
「人がらがいいのだよ。だから神さまはすててはおかないのだね。あの子のうまれつきがいいから、みんながあの子をかわいがるので、あの子も気が弱くなって、黙って出てきたのだろう。――おばあさんという人がそんなことをいっていたが、桶屋さんにはすぐあいさつに行きますといっていたよ」
おとうさんがおかあさんに話しています。
おとうさんは八王子の駅で、万年筆をおとしたのだそうですけれど、女学生みたいな人がひろってくれて、ほんとうにたすかったといいました。
その夜、おとうさんとねながら話しました。
「人間って何だろうね」
「人間って僕たちのことでしょう」
「そうだよ、人間って、いいことをするために生まれて来ているのだよ。世の中にめいわくをかけないで、少しでもいいことをして死ねたら、それがいちばんいい人間なんだ、よその人が困るやうなことをしてよろこぶこころを持っている人間は、人間でもいちばんよくないね、自然にすくすくと大きくなって、すなおなこころがぬけない人間になることが大切だね。あの子はきたないかっこうはしていたけれど、とてもいい子どもだね。桶屋さんのことをすこしもわるくはいわないし、誰もうらんでいるような気持を持っていない、いい子どもだったね」
僕は、ものをもらうたび、かおをあかくしていたあの子のかっこうをなつかしくおもいました。
明日は、ながいこと兵隊に行っておいでになった及川先生のかんげい会があるのです。
先生は僕たちが大きくなっているのをどんなに驚かれるでしょう。及川先生はいい先生です。一年生の時から三年生までうけもってもらった先生です。
僕は、八王子にかえったあの子のことや、復員して来られた及川先生のことを考えました。
「ずいぶん、いろいろな身の上の人があるんですね、おとうさん」
おとうさんは「そうだね」とおっしゃってしばらく天井をじっとにらんでいました。
「健坊も、もう、そろそろむずかしい本を読んでもいいね」
おとうさんがそういいます。
「どんな本ですか」
「そうだね、ホワイトファングというのはどうだろうね、犬の物語を書いた小説でね、山の中の狼が、だんだん人間の世の中に出て来て、おしまいにはおとなしい犬になるという物語なんだよ。これと同じもので、逆に、犬から、狼になってゆく、野性のよびごえというのもあるがね、おとうさんが探して来てあげようね」
僕は、動物の小説は大好きです。僕はおとうさんにはないしょで、このあいだ、金井君からかりて、偉大なる王という虎の小説を読みかけています。むずかしいけれど、とても面白い虎の生活が書いてあります。
僕は絵をみるのも好きです。音楽も好きです。人間っていいなと思います。好きな絵をみることも出来るし、好きな音楽をきくことも出来るから、動物と違うねと静子にいつか話しましたら、静子は、
「あら、動物だって、風の音楽をきくし、雲だの木だのみてよろこぶでしょう」
と、いいました。
動物は、人間みたいにぜいたくなものをほしがらないから、自然な山の中で、のんびりくらせて、戦争なんかないからいいでしょうというのです。
14[#「14」は縦中横]
朝、静子が走って来て、かわいらしい小さい鳥が、つるばらの枝にとまっているというので、そっと行ってみました。もずの子がビロードみたいなむくむくした羽根をしてきょとんとしています。
僕たちがそばへ行ってもおどろきません。
時時もずのおかあさんらしいのが、僕たちを心配そうにして飛んでいます。何だか食物を運んでいる様子です。
「ねえ、おうちで飼いましょうよ」
静子がさかんにほしがりますけれど、僕は飼うようになると、きっところすことになるから
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