、おじさんたちもとうとう東京にがんばってしまいました。おじさんのお家は麻布の区役所のそばだったので、焼けていまはバラックに住んでいます。
僕と静子はおべんとうをしてもらって、小さいリュックに入れて行くことになりました。おべんとうはおにぎり一つ、それから、むしパン一つ、それから、小さいおみかん一つ、僕は麻布へ行くまでにおにぎりやむしパンがつぶれないといいと思いました。
日曜なので、電車は満員です。目白の駅で金井君に会いました。金井君は、おねえさんと千葉へおいもを買いに行くのだといっていました。金井君のおとうさんはマニラで戦死をされたのです。金井君は、とてもいいひとです。人のいやがることを何でもします。お家がまずしいので上の学校には行かないのだそうですけれど、とても頭がよくて、先生も、大変ほめていらっしゃいました。英語の会話なんかとてもうまくなっていて、もうれつに勉強します。大きくなったら天文学者になりたいといっていました。
僕たちの組のものも、もう昔のように、大将になりたいなんて誰もいわなくなりました。僕だってほんとうは飛行家になりたいと思っていましたけれど、僕はもうあきらめてしまいました。僕はいまのところ何になっていいのかすこしもわかりません。
要さんのお家へついたのは、お昼ちかくでした。要さんは屋根の手入をしていました。おばさんは畑をしていたし、年子ねえさんはごはんのしたくをしていました。
「やア、珍らしい、目白の健ちゃんがきましたよ」
おばさんがにこにこして畑をやめて、門のところへ歩いてきました。
要さんも屋根から降りてきました。
「健ちゃん、おとうさんかえって来ていいね」
要さんがそういいました。要さんの上のにいさんの良次さんはいまスマトラです。次の兼三さんが満州で、みんなまだ戻ってこられないのです。要さんは元気そうでした。
「おじさんはお留守ですか」
僕がたずねると、おじさんは家を建てることについて、知りあいの家へ相談に行かれたのだそうです。
おとうさんとおばさんは、要さんのにいさんたちがいつごろかえれるだろうという話をしています。僕と静子は要さんとお庭の石どうろうのそばへ行って、日向ぼっこをしました。
アメリカの飛行機がひくく飛んでいます。銀色にぴかぴか光ってきれいです。アメリカの飛行機は、大きくてきれいです。こんな天気に飛んでいる人は、とても気持がいいだろうなア、と思いました。アメリカの兵隊さんをはじめて見た時、僕はびっくりしました。みんな大きくてゆくわいそうです。僕たちはどうしたらいいかとまごまごしていたら、近よってきたアメリカの兵隊さんは、ネバマイン、ネバマインといいました。そして僕の肩を軽くたたいて行きました。
3
要さんは、昨日小田原に行ったのだとて、僕と静子にみかんを持ってきてくれました[#「きてくれました」は底本では「きくてれました」]。みかんってどうしてこんなにきれいなのでしょう。いいにおいね、と静子がいいます。あんまりきれいなので、むくのがおしいくらいでした。
「英語でミカンってなんていうの」
要さんにききますと、中学生の要さんは、いかにも得意そうに、
「オレンヂというんだろう」
と、いいました。
「ぢゃア、兵隊ってなんていうの」
「ソルヂャァだったかな」
年子ねえさんがごはんを知らせに来ましたので、私たちはお家にはいってちゃぶ台の前に坐りました。壁がぬってないので、寒くなったら困るだろうと思います。おふとんや道具がいっぱい積んである処へ、おとうさんはもたれて、煙草を吸っています。僕たちがおべんとうを出しますと、おばさんはくすくす笑って、
「義理がたいことねえ、――昔のことを考えると、いまの子供たちはふびんだわ」
とおっしゃいました。
僕はおばさんのいうような、僕たちがふびんだなんてすこしも思わない。先生だっておっしゃったのだもの。いまの子どもたちはいちばんこれからいい人になるって、敗けたのはいいことだって、これからほんとうの気持でやりなおして、たのしい国になるんだっておっしゃったのをおぼえている。
「荘吾さんは、これからどうするんですの?」
荘吾というのは、僕のおとうさんの名前です。おとうさんは「そうですね」といって、もう「会社員なんかいやになったから、田舎へ引っこんで百姓でもしようかと思ってますがね」といいました。
「だって、しろうとがすぐ百姓になれるかしら、第一、土地だってないでしょうしね。田舎もいまはおじいさんもなくなられたし、どうにもしかたがないことよ」
おばさんは、僕たちにいもをむしてくれました。
僕は、おとうさんの心ぼそい顔をはじめてみました。おとうさんは、沈んだようにみえました。僕は、何となくさみしくなったので、要さんに、
「いもっ
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