も話が出来てなぐさめになります」といいます。
 僕は昨日もおかあさんと新宿へ行って、ローソクの安いのをみつけてあげました。安いのがみつかると、おかあさんはうれしそうに「まア、ありがたいわ」といいます。どうして、こんなにものが高いのかふしぎです。おかあさんの小さいころは、何でもやすくていいものがどっさりあったのだそうです。

     6

 このごろ、おとうさんは夕方になると、「ああつかれたね」といってかえってきます。
 静子と宏ちゃんはまだ小さいから、いつでも同じように、
「おとうさん、おみやげは‥‥」といいます。
 僕は静子と宏ちゃんにわざとこわい顔をします。静子には、何度いってきかせてもおとうさんがお仕事をみつけにいらっしやる事がわからない様子です。
 おとうさんのまるい顔がすこしやせてきました。僕はお夕飯のあと、おとうさんの肩をたたいてあげます。
 おとうさんはこのごろとてもさみしそうです。僕はおとうさんが何かよろこんで下さるようなことはないかと思います。
 今夜、僕は何だかさみしかったのでおとうさんといっしょにねました。
「おとうさん」
「何だ」
「おとうさんはいくつですか」
「いくつかって、おとうさんの年かね、そうだね、もうじきとしを一つとるね」
「いまいくつですか?」
「いまは三十四だ」
「まだ若いのですね」
「ははア、そりあ若いさ、でも、もうすぐ三十五だよ」
「僕もおとうさんのように早く三十五になりたいなア」
「うん、健坊が大きくなる頃は、いい時代になるだろうね、健坊はえらい人にならなくてもいいから正直なこころをもったいい人になるんだね」
 おとうさんは、僕の肩に、寒くないようにお蒲団をかけてくれました。次の間で、おかあさんが、
「ねえ、三升ほどもちごめがたまりましたから、餅をつきましょうかしら」と、おっしゃいました。
 僕はうれしくて、へえ、といいました。
「おとなりで、お餅の道具をかりて来るんですって、ごいっしょにつきましょうとおっしゃって下さるのよ。少しばかりだけれど、子どもたちがよろこぶでしょうから‥‥」
 おとうさんは、「そりやアいいね、たとい少しでもいいさ、子どもたちがよろこぶよ」と、いいます。
「いつ餅をつくの?」僕が寝床からたずねると、
「三十一日ですって、健ちゃんも手伝ってね」
 と、おかあさんがおっしゃいました。
 僕はうれしくて胸がどきどきしました。
 ぺったんこ、ぺったんこと餅をつく音がきこえてくるようです。
 玄関で誰かが呼んでいます。おとうさんがおかあさんを呼びました。
「いまごろ、きみがわるいわね、誰でしょう」
 時計が九時を打ちました。
 おとうさんがすくっと起きて玄関へ行かれました。
「そりやア心細かったでしょう、まア、お上り下さい」
 誰かをおとうさんがあげているようです。おかあさんも出て行かれました。僕は誰だろうと耳をすましていました。
「お互にひどいめにあいましたね。寒かったでしょう、さア、どうぞ――」お客さまの声はきこえない。
「まア、大きいお魚、黒鯛ですわね」
 おかあさんの声。お魚を持ってきたのかしら。こんなにおそくお魚を持ってくるなんて変だな、どこの人なのだろう。僕は何だかこわいなと思いました。

     7

 朝起きたら、だいどころに、大きい黒鯛がかごのなかにありました。僕は、こんな黒いおさかなをみるのははじめてです。
「立派だなア」
 と僕がいいますと、宏ちゃんも起きて来て、びつくりしています。お座敷では、もうお客さまが朝ごはんをたべていました。誰だろうと思っていたら、静子がおとなりの吉田さんのおじさまなのよ、とおしえてくれました。
 吉田さんのお家には、子どもはいないのだけれど年をとったおばあさんがおられるので、早くから宇都宮へ疎開して、もうおとなりには安藤さんという人たちがひっこして来ています。吉田さんは、宇都宮でお家がやけたのだそうです。こんなことなら、東京にいた方がよかったのだ、と吉田さんは残念そうにしていました。
 吉田さんのお家では、おばあさんもなくなられたのだそうです。とてもいいおばあさんで、目の悪いひとでしたけれど、僕たちが裏庭に入って行くと、ちゃんと僕を知っていて、夏なんか、よくおばあさんにあきかんだの木箱だのもらいました。かんからをもろうと、それでメダカをすくいに行ったものです。
 木箱は、蝶蝶の標本箱にしました。
 おばあさんは、田舎の人なので、花や草の名前はよく知っていて、僕が持って行く草の名前を何でもおしえてくれました。いつだったかおとうさんと信州の山へ行って、たくさん、草を持ってかえって吉田さんのおばあさんにききました。
 まんさくだの、かしわの葉、あかしで、いぬしで、いぼた、白い花の咲くがまずみ、うつぎ、赤い花の咲くはこねうつ
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