て英語でなんていうの?」
 とききました。
「ポテトさ」
 とおしえてくれました。
「ぢやア、家は」
「家はハウスさ」
「ぢやア」
「ずいぶんきくんだなア」
 要さんが笑い出しました。年子ねえさんがラジオをかけました。とてもうきうきするような音楽です。
「全く、世の中が変りましたね」
 おとうさんがそういいました。
「ほんとうに。でも、気持だけでもこのほうがたのしいぢやアありませんか、もうめんどうくさい話ってあきあきしていますよ。馬鹿な戦争をよくも長くつづけたものですよ」
「いいところで終戦になって、ほっとしましたね。でも、良ちゃんや兼ちゃんがどうなっているか心配ですね」
「三年も四年も待つなんてつらいし、親の身にもなって下さいよ。これこそつまらない運命ですよ」
 おばさんははほろりとしています。僕は又英語を持ち出しました。
「要さん、歌ってどういうの」
「ソングさ」
「ソングって人の名前みたいね」
 静子がおもしろいことをいいます。
「おとうさんってフアザアっていうのよ」
 静子が知ったかぶりでいうと、みんなおとうさんの方をみて笑いました。おとうさんも白い歯をみせて笑いました。僕は何だかおとうさんの、このときの笑った顔を忘れることが出来ません。
「子供があるから、私たちすくわれるのよ、子供って花束みたいなものね。にぎやかでいいわ」
「こいつたちがいるから安子も今日まで一しょうけんめい生きていたのだといってますよ」
 安子というのは僕のおかあさんの名前です。

     4

 僕のおとうさんは、とてもお話が上手です。おとうさんは自分で話をつくって僕たちに話してくれます。
――あるところに豚と鶏がいて、ふたりはとても仲よしでした。鶏はいつも豚のそばで餌をついばんでいました。夜になってお月様の出るのがいちばん好きでした。豚はお月様が出る夜だと、ひとりできもちよさそうに唄をうたいました。
 それはこんな唄です[#「唄です」は底本では「唄ですす」]。

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お月様
わたしはきばがほしいのです
いのししになって
お山のなかの森のふかいところへ
わたしのおうちをつくりたいのです
森のけものが
みんなでわたしをうやまうように
わたしに大きいきばを下さい
わたしは山の大将になりたいのです
いのししはつよいです
わたしはいのししになりたいのです
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